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理論と実践との溝




理論的に考えて実践可能であると思ったにも関わらず、やってみると意外に難しく、結局、実践できなかったような経験を持っているのは私だけではないと思います。

私の例でいえば、最も印象に残っているのは、中学生の時の定期テストの勉強の予定表です。
先生から勉強の予定表(スケジュールのようなもの)を作成させられたのですが、私はついつい睡眠時間4時間等の恐ろしいほど詰め込んだスケジュールを作ってしまいました。これくらいやらないと満足な状態で定期テストを受けることができないという理由が主だったと思います。
そして定期テストの前日にそのスケジュールどおりに実践しようとしましたが、面白いほど実践することができませんでした。
その予定表と自分の実行動のギャップにはあきれると同時に真に驚きました。予定表を作ったときはこれくらいはできると思っていたのに、その誤った思い込みが面白いように明らかになっていく過程は何かしら新鮮ですらありました。そして、非常に重要なことを学んだような気がしました。

実際に実践し遂行することは、実は思った以上に困難であり、実践を阻害する様々な障害が存在するケースというのは多々あると思います。
資金、時間、能力、労力、モチベーション、知識、心理的抵抗感、優先順位、気分等々の様々なファクターが実は存在し、無事に実践するまでにはいくつもの条件をクリアしなければならず、その「実践コスト」の高さに後から気付かされるということは往々にしてあることだと思います。
漠然と考えると、ついつい実践するための各々のファクターを無視したり、甘く見積もってしまい、非現実的な結論に先急いでしまう傾向が人間の心に内在しているのではないかと考えています。

例えば、世の経営者が自分の計画や理論に酔いしれて、財務等を無視してある計画に基づいて走ろうとするが、結局は失敗し頓挫するケース等も、実践し結果を出すことの難しさを端的には表しているように思います。

理論だけで終わるのでなく、実践まで持っていってはじめて利益になることは世の中にたくさんあると思います。
重要なのは、実践する対象の適切なる選択と絞込みかもしれません。
二兎を追うものは一兎も得ずという諺がありますが、実践レベルでのコストを考えると、恐ろしいほど深い言葉に思えてきます。

己の有限なる知的、労働的、経済的、時間的資源を一体何に注力するのか? そして何を捨て去るのか?
それは最もセンスの問われる命題の一つであると思えてなりません。



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