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愚かなアドレナリン




バフェットからの手紙 ローレンス A カニンガム (著)
315ページからの引用。

「有頂天になった経営者がバカげた価格で企業買収をする際にも、会計上では正確に処理されます。バカげた判断は、どこにも持っていきようがなく、のれん勘定として残されるわけです。・・・(中略)・・・のれんとして具体化してしまった愚かな経営者のアドレナリンは、あたかも買収が賢明であったかのように資産として帳簿上残されるのです。」

引用終了


上記のことは、愚かな経営者だけに限定して済む問題ではないように思えてしかたありません。
私を含め世の中の人には、愚かなアドレナリンの後始末に追われている人もたくさんいるのではないかと思っております。
良い手を思いつき興奮のままに手を打ってしまったが、実は決して最善の一手ではない(それどころか非常にまずい一手である)と事後にわかったが後の祭りで、長期間その愚かなる一手の後始末に追われるということは人生においてよくあることのような気がします。

愚かなアドレナリンは、稚拙で感情的な判断を強力に後押しする致命的なブースターのようなものだと思っています。
人間には冷静で合理的な判断を妨げる様々な因子が内在していると思いますが、判断時にこの感情的で致命的なブースターが掛かるとまともな判断から余計遠くに行きそうなイメージを持っております。

バフェット氏は普通の人間なら見ることの嫌がる人間の負の側面を冷たく観察している人間ではないだろうかというのが私の仮説です。
バフェット氏はよく自分の失敗談について公衆の面前で詳細に語りますが、それなどは自分自身をサンプルとしてとらえ、本来は見たくもない人間の愚かな側面を見るよう努め、そこに戦略的優位性を感じているように私には映ります。

愚かな内在するものに対処する方法論は優先順位の極めて高い、時間を掛ける価値のある課題であると思います。



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