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バリュー消費を実践して富を得る

ご注意


前回の「バリュー消費」のコラムを見て、ケチ臭い、肌に合わないと感じた人はこのコラムを読まずに飛ばして欲しい。

それは一つの価値観であり尊重すべき価値観だと思っている。なにもこんな若造に説教などされたくもないでしょう。私だって同じ価値観を持っていたら鬱陶しいに違いないのですから。













映画マトリックスの
お買い求めはアマゾンで
まだ気づかないのか?

ブランドの魂は外見に宿る


映画マトリックスのような言葉を口にしよう






この車の中身がカローラだとしたら?



イメージは恐ろしい



なにも高級車のカッコよさにエンジンの高性能さは要求されない。


高性能だという事が素人にわかるのか?


素人がわかるのは専門家が高性能だとお墨付きをしたという事だろう。高性能であるという情報でかっこいいという風に思ってしまうだけである。最近の車は大衆車といえど、相当に信頼性が高く高性能なのだ。

今の発言を訂正しよう、高性能とは他の車と比較して高性能と言ってるだけではないのか?数年たてばいまの高性能は低性能である。

まかり間違ってもマスコミではこのような主張はなかろうが



中身なんて普通の人はわからない。分かるのはこの車がBMWだって事だけ。



無論あなたが車好きならエンジンにもこだわりがあるだろうし口出しは無用だ。趣味は人を育む。主観という効用は無視できない。これも価値であるからどうしても欲しいなら良い買物であり良い投資だ。嫌われないように弁解しておこう。私も無駄の局地ハーレーダビットソンが好きだ。エンジンの違いが分かるかどうかは自信がない。





欲しいと思うものを買うな。必要なものだけ買え

マーカス・カトー




バリュー消費の概念(考え方)ができるまで・・・



さて、バリュー消費の概念に多少の賛同、同じ匂いのようなものを感じてくれた貴方にこの文章を贈る。

私の生い立ちについてだが高校時代家庭は貧しく、学費と家庭の生活費の一部ををアルバイトで稼いでいた。そういった体験から生み出された思考であるから、多少けち臭く見えるのは当然だ。
父親はいたにはいたが生活費を入れてくれるわけでもなく、貯蓄をしようにもできなかった。人より少ない小遣いに嘆き、なぜにこんなにも働かなければならないのだと思った。
それに小遣いの使い方が賢いわけでもなかった、無駄な事ばかりをしいつも金欠だった。そんな環境で400CCのバイクを買ったりもした、金欠の癖に馬鹿である。

就職してからは仕事もあまり器用ではないし、上司に怒られてばっかりの落第生だったように思う。

当然給料もあまり宜しくはなく、年収は300万円を超えたことはなかったと思う。そういったあまり恵まれない環境の中で貯蓄をし、ある程度の金額を蓄えた。
そして株式投資でそれなりの財産を若輩ながら手に入れた私の貯蓄術は、いろいろな方にある程度参考になるのではないだろうか?

これは机上の空論ではなく、実際に財産を築き上げてきた実績と理論を組み合わせた結果なのである。



真髄(しんずい)



さて本題に移ろう。

バリュー消費の真髄は効用の最大化である

効用さえ大きければどれだけ値段が張ろうと良い買物であり、逆に効用が無ければどれだけ値段が低くても悪い買物である。そして効用の高い代替品が安く手に入るのなら、それを躊躇せず買う事だ。


分かりやすい例として極端な例を出す。
水と空気は無料あるいはそれに近い。しかしこれが安価に手に入れる事ができないとしたら!?空気や水がとても高価なものであれば、家を売り借金をし買い求めるのではないか?

そうでなければ死んでしまう!つまり空気と水は、とんでもなく価値あるものだが、供給があるから安いだけである。
つまり言いたい事は、値段と価値なんて世の中で全くといっていいほど一致していないという事である。

もちろん需要と供給の原則で値段が決まっているわけだが、そんな世間一般の値付けはバリュー消費家にとってなんの関係もない事だ。



さて実践



あなたが目指すのは、己の幸福の追求と家族の幸福の追求であろう、さあ幸福の最大化に取り組もうではないか



まず自動車


バリュー消費」のコラムでも述べたが、これが最も貯蓄と富の育成を阻むものである。自動車の本来の機能は移動力にある。普段は使わないのならばバスや電車などの交通機関かタクシーを使ったほうがいい。しかし仕事や生活環境(田舎など)によってどうしても必要な場合は、不人気車の中古車を買うようにおすすめする。

またダサい車は嫌いだとか彼女にモテたいと思って車が欲しいのなら、新車を買わずデザインの優れたある程度古い中古車を買い、塗装しなおしてはいかがか?

ステータスの真髄はイメージと外見にある。この場合外見を取り繕っておけばそのような目的は達成される。





















パソコン

これも自動車と同じだが、新型パソコンは陳腐化する運命にある。ただし中古は買いではない、性能の上昇が凄まじく自動車の比ではない。中古は総じて高い。それよりも安価な5万円〜10万円程度のパソコンにしておきたい。サポートが欲しいなら有名メーカーのパソコンを買うかサポート専門の会社のサポートを買ってもいいだろう。最新鋭を買っても半年もすれば時代遅れだ、投資やネットには最新鋭パソコンは必要ない。




この39800円という安値の背景には、
様々な企業の何十年にも及ぶ、莫大な投資と男達の汗と涙の物語がある。

その結果、我々は複雑極まりない超密装置を4万円という馬鹿げた安価で手に入れられるのである。







保険

保険は必要最低限にしたい。リスクヘッジとしての保険だから、リスクを需要できるのならば保険は必要ない。

であるからして私は保険を一つの投資として見ているから加入していない。

リスクは自分で引き受ける蓄えをしている(自動車保険のみリスクテイキングができないから任意保険・自賠責保険は加入)。

そして医療保障には政府から高額療養費制度があるので、大金が必要な時は政府が出してくれる。
実質150万円もあれば治療費としての医療保障は必要なかろう。後はその期間の生活費が必要だからその費用も見積もっておく必要はある。だから貯蓄が無い時こそ保険に入る必要がある

詳しくはゴミ投資家のための人生設計入門 を読んで欲しい


そもそもなぜに保険屋にお金を預け運用してもらう必要があるのか?我々の掛け金は生命会社の大きなビルの維持費や社員を雇う給料に消えていく。

貴方や私こそ自己のお金を自らの意思でリスクを取り運営するプロフェッショナルであろう?
それに家族が病気で腎臓移植が必要になった時など、民間の保険はなにも助けてくれないし、特殊な治療には政府の高額医療保険も適用されない。

保険金の数百万円のお金ではその手の病気を救えない。本当に必要な医療保健が提供されていない。
だからこそ困った時に自分のお金があると心強い。そのお金を一家の長として自らの仕事と投資で稼ぎ備えておく必要がある

保険の本質とは、本質的リスクを避ける手段という事である。本質的リスクを避けるサービスを提供してくれない保険契約など無用である。数億円の賠償責任のリスクのある自動車の運転は、任意保険に加入する事によりある程度の本質的リスクを避けられる。


保険で愛する家族を完全に守る事はできない。







豪勢な食事は無駄とも言えるが、あまり気を使わなくともいい。
家計簿の中で食費のウェイトが極端に多ければ見直そう。一つの私の主観としてお伝えするが、飲食店やスーパーの商品の価格は単に値付がしてあるに過ぎない。

マクドナルドは極端にハンバーガーが安いがあれは一種の資本主義の芸術だと思う。
品質が劣っているから安いのではなく、極端に効率を追い求めたから安くなったに過ぎない。
しかし健康にいい食事とは、カロリー面から見て言いがたいが。

高い食事はその高価格は誰かの給料の塊であるという事である。それは漁師かもしれないし、商社かもしれないし、シェフや誰かしらの懐に入っているわけだ。まあそれはそれで良い雰囲気や良質の味わいがあればいいわけだが。


健康食品についてだが、無農薬はそれほど安全ではない。
寄生虫のリスクを背負う事になる。それに昔は、公害ならぬ黄害があった。夏場、糞から出るガスが農村を包んで周りを黄色くさせる。人は昔を美化させすぎる。


農薬は長期毒ではないのでその場で被害がでなければ影響はない。

まあ小難しく考えれば農薬は致死性の毒素が反応しなければ、とりあえず安心である。そして致死性の毒素と長期的な毒素の関連性はない、致死毒と長期毒は別物である。一般に農薬の毒素は致死毒である。それと超長期のデータの安全性は実証されていない(20世代ほど後になって分かる事だから400年〜600年程先の事)ので必ずしも安全性は保障されていないが私自身は気にせず食べている。そんな事(0.00001%のような事態)を気にしていては投資はできない!

農薬が危険なのは多量に含まれていて口にしてすぐに死亡する場合である。これは長期毒ではない。結論としてよく洗っておけという事か、海外では油性の農薬を落とす意味も兼ねて中性洗剤で野菜を洗う。


遺伝子組み換えも同様である、短期毒はない。20世代30世代先はどうなっているか実証されていないがそれらを気にするのは自分の安全性を考えるというよりは後世の人類の為という公共心という事になるのではないだろうか


以前、遺伝子組み換えを研究する研究者が主張している事を見てハッとした。


農薬や遺伝子組み換えを否定するという事は、今飢えている人たちに死ねと言っているに等しいという事ですよ
と言っていた。私は遺伝子組み換えに良い感情を抱いていなかったがこの言葉を見て考えを改めた。
ご注意:私は、「遺伝子組み換え食品を食べるべきである」という主張をしているわけではありません。一つの考え方を伝えているだけです。


この事例は教訓を与えてくれる。遺伝子組み換えは危険と思う環境にいる人たちが、ある種別の視点を与えられると認識が一変してしまうという事である。
従って自分の意見と異なる人たちの主張にも一理あるわけだ。ある種の視点が欠けているが為に結論が全く違ってくるという事は世の中に五万とある。だからこそ思考は柔軟にしたい。

教訓の本質は誤りの中で常に正解の確率を高めていくという姿勢である。私も貴方も間違っている場合が多いのだ。

一つの事柄が正しいかどうかよりも、正しさを求めていく姿勢のほうが大事という事である。


結論として食事好きの私から見れば、どちらにしろこの分野はそうそうカットするべきではないと考える。なんでも好きな物を食べれば良いのだ。だだし高いから旨いと思わせるブランド商法のボッタクリには注意しよう。








衣類は保存できるので消耗品であるTシャツや下着は安い時に徹底的にまとめ買いするといい。普通は10枚も買わないとか思わないほうがいい。これは消費財への投資である。バリューと需要がある時には躊躇せず徹底して買おう、遠慮は無用だ。

衣類もブランディングが蔓延る分野である、良いデザインや品質をよく見極めよう。

デザインの他にカラーコディネーションも重要である。品質は湿度や気温、照明のライティングで変化して見えるのでその点も注意するべきだ、エスキモーに氷を売るという本があったが中身もないのに演出だけで高く売る衣類も多い。

効率的なコーディネイトとしては安物の靴など様々なカラーを一通り揃えておくことである、ハリウッドのスタイリストは面倒なのか黒一色が多いしハリウッドスターは面倒なのか見栄えが良いのか2色か3色の組み合わせが多い。





バリュー消費家にとって、この企業は天からの贈り物である。






独身なら親元で徹底してパラサイトしよう。一人暮らしと徹底して生活費が違う、その余ったマネーを投資しよう、それだけでとてつもない金額になる。

収入が多ければ買ってもいいが、収入が低いのなら住宅を買うのは一時我慢しよう、その分を投資すればはるかに大きなお金となり生活にゆとりが出る。豊かさとは住居の広さだけではない。本質は心の余裕があるという状態の事だろう。






極端な無駄遣いがなければ気にすることは無い。趣味や気質ならば良いが電気代のコンセントをこまめに抜いても富は蓄積されない




富を築くなら、基本は住居費用・保険費用・自動車費用を徹底して削り世の中を良く見て考え情報を仕入れそれを実行していけばいいだけだ。
私は残念ながら親の脛をかじられなかったが、32000円のアパートに住み、生命保険には加入せず、自動車は購入しなかった。移動手段は自転車一本だ、情報には多く投資した。女性と付き合いもしたし若い世代の遊びも一通りやったと思う、それほどケチではないと思う。

まあそんな感じで人より貧乏だったにも関わらず、余ったお金を投資に回していって必然とリタイアになったわけだ。







まだまだバリュー消費に興味のある方は、続編がありますのでどうぞ


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